ボクの某国論

            其の壱 腐敗のかぐわしき香り

 

某国政府と党の腐敗問題が国内でも国外でも大きな話題になって久しいが、そもそも某国社会の“腐敗”は、何も共産党が発明したものではないし専売特許でもなかった。歴史的に見れば長年某国社会に根付いていたものが、この数十年で爆発的に成長して熟成されただけである。私も十数年某国で生活して驚いたのは最初だけで、その後は比較的不感症になってしまった。経済が二桁で成長している数年前まで“腐敗”こそが、今の某国発展の原動力でもある」とまで言われた時期もあったが、その言もある意味非常に的を得ていた。

毛沢東が共産革命を起こして国を統一した頃は、貧しいながらも平等・公平で 腐敗も拝金主義的な思想も無かったと言われる、しかし それは皆が“公平に”貧乏だったほんの一時期に過ぎない。その後、悪名高い文化大革命で某国社会から良い意味での儒教思想や伝統、そして道徳観念までが10年を掛けて精神的に根底から破壊された。その不健全な精神状態のまま改革開放で急速に豊かになってしまった為、多くの某国人民が強烈な拝金主義に走るようになってしまった。

ねずみ講と言う組織をご存知だと思う、大抵は大した効能もないのに値段ばかり高く普通では売れそうにない商品を揃えている。そう言った商品を会員組織の拡大をしながら、末端に無理やり在庫を持たせて売らせて行く手口が一般的である。目的は商品を売る事より下部会員を多く加入させ、お金を吸い上げる事にある。手下を多く作った者が儲けて、上の幹部になればなるほど成功者と成り、逆に末端会員は商品が売れず家の中が商品の山となって破産するという結末が待っている。某国社会全体は、まさに極めて巨大なねずみ講組織の様になってしまったと言えるかもしれない。金を集めて上に上納する、その上はさらにそれを上納して高い地位と権力を得ようとする。それが社会の底辺から共産党のトップクラスまで浸透してあらゆる組織に根付いている。そう言うと何か悪の巣窟のように聞こえるが、熟成されたワインの様になっている為にその心地よい味と香りを経験すれば、誰しも臭いなどと感じなくなってしまうのだ。

 

子供は生まれる時からこうした社会構造に浸されてスタートする。出産において 両親またはその親は、分娩や帝王切開の手術に当たり 事前に担当医に対する根回しをしておかないと手術をうまく完了してくれないとの強迫観念からお金を渡す。一般の外科手術においてもこうした金の流れが無いことはまれである。皆 少しでも失敗が無いようにと考え 金を渡すので 医者の方ももらう事が当たり前でくれないと手抜きをしたりする。医者は医者で出世の為に上司に付け届けをするから 病院は、薬や医療器具などの業者も入り乱れて汚職の泥沼である。今やお金が無ければ 窮迫の患者でも病院の門前で死ぬことになる。私も会社の人間が現場で怪我をして病院に行った際に お金か支払いの補償となる医療保険の加入証明が無いと 応急措置も取ってもらえず一歩も前に進めない状況を眼のあたりにしている。

 学校はもっと酷い、幼稚園に入る所から競争が存在するので、人脈や役所、教育関係者へ金が動く。入学できたら自分の子供を少しでも良く扱ってもらう為に再び金が必要となる。先生に付け届けをする家庭の児童は優遇され、そうでないと露骨な苛めにあったりする。幼稚園から小学校、小学校から中学校に進学する時にも、少しでも良い学校へ行かせたいなら人民元で5万元以上のお金を使わないと、人脈を掴めないし動いて貰えない。こういった事が大学卒業まで日上茶飯事に繰り返されるから、多くの人間がそのような社会に順応してしまったのである。

ここで疑問が生じる、では全くお金の無い人はどうするの・・そう貧農などの家庭出身であれば生きてもいけないのか?・・と言えばそうでもない。そうしたクラスの人達は、大都市の整備されたインフラの恩恵に浴することはできないが、今の所何とか食べることができるレベルで生活している。それは地域によっては19世紀の生活スタイルとあまり変わらないが、また別次元の社会を形成して強く生きているのである。しかしこの富裕層と貧困層の格差たるもの、傍から見れば絶望的ともいえるレベルだ。日本の中流社会と言われる中間層が少ないのである。権力者=富裕層の為 富裕層の富を分配するなどと言う政策は、たとえ立案されても実行されない。分りやすい例がマンションや別荘を30戸所有していても固定資産税がかからないし相続税が無いので、そのまま資産として子供に譲渡できる。金持ちの子供や孫は生まれつき金持ちで資産家なのである。そして金さえあれば高い教育を受けられ金で地位と権力を手に入れることも可能である。

 

 次に某国での同僚や知り合い(もちろん某国人)が 教育機関、医療機関の他に汚職の3大巣窟として挙げていたのが軍事機関である。ここの汚染具合は、相当酷いものらしい。私の会社の社員にも軍出身者は多かったが、軍内で運転免許取得課程に行きたい場合、上司に相当な上納金をあげないと行かせてもらえないと言っていた。末端はこんな調子だが、まさか士官クラスは違うだろうと思っていたら、上になればなるほど酷い状態になるらしい。

これまで、軍では階級毎に上納金の目安までが決まっており、今回江沢民派と言われた制服のトップが逮捕されたことで明らかになったのが、買官の金額である。なんと少将になるためには1千万元(19000万円)、中将は、3千万元(57000万円)の上納金が必要だとの事。こういう事がピラミッド型に出来上がっているのだから大したものである。仮に自衛隊で「1佐が陸将になるために2億円用意しろ」と言われたら 日本の自衛官では払える人がほとんど存在しないので取引(制度)が成立しない。某国の場合は、人民解放軍の組織そのものが広い土地を所有して売買できるし(もちろん不正が伴う)、その他のビジネスの副収入で千万元単位の金を作ることは不可能ではないのである。金儲けのうまい人物がトップに挙がっていくので、戦う上での能力なんて関係ないない訳である。

2014年に逮捕された胡錦濤時代の制服組トップは、2000平米の屋敷の地下に山積された人民元、金塊が発見されている。公安局もそうであるが大体このクラスが逮捕されて家宅捜査があれば、庶民では考えられないようなレベルの現金。財宝が出て来るものである。明や清の皇帝時代から“買官”といって官位を金で買う習慣があったが、軍がこれをやったら本当はお終いである。(周辺国は枕を高くして寝れるが・・)。本来人民解放軍と言うのは、移動先で略奪行為を行わないよう農地や農機具まで持って自給自足の制度を内包した軍事組織であり、副業が得意であった。ケ小平時代には、政府各機関に副業を奨励していたので、上から降りてくる国家予算が足りなくとも、副業でホテルやレストラン・製造業をやりながら利益を上げて運営する習慣がついているので、金を稼ぐのは得意と来ている。しかも 軍用地の闇売買や軍事品の横流しなどで儲けた部隊の長は、“買官”で出世もできる。前述した通り つまり商売上手が出世の早道なのである。ここにも巨大なねずみ講型の軍組織ができていた。いざ戦争になったら日中戦争時逃げ回っていた国民党軍以下の結果を出すかもしれない。我が国にとっても、某国軍の買官制度に関しては、是非!現状維持で頑張ってもらいたいものである(笑)。

 

以前、ある某国人が言っていたな「おいら某国人は、我慢強いので食べる事ができる間は何とか辛抱するが、食べられなくなったら即社会はお終いよ」つまり動乱か革命と言う事である。歴代王朝の没落も、大方は政治が腐敗し乱れ民が食べられなくなって動乱を呼び、皇帝が倒されるという共通の原因が起因している。要は13億の民がそれなりに食べていれる内は、大きな社会変化は起きないのかもしれない。その為 毛沢東が一番力を入れたのが 七億の民を食わしていく事であった、それさえ出来れば先ずは政権安定なのだ。


では腐敗の無い社会を作っていくには、どうしたら良いか? 方法は2つ考えられる。

一つは、共産主義独裁をやめて政権交代が可能な政治体制にする事。その為にはソ連のゴルバチョフのような人物が現れるか、共産党が内紛で割れるかしない事には実現が難しい。この場合新しい政治体制が仮にできても数十年から、100年ぐらいの期間をかけないと腐敗体質は無くなっていかないだろう。もう一つは、シンガポールのリー・クアンユーのような強権でしかも比較的清廉潔白な統率者が、長期にわたり政権を担って社会を変えていく事である。もう手遅れかもしれないが習君にそれができるかどうかに係っている。できなければ共産政権は経済の衰退とともに力を失い、アヘン戦争時代の“眠れる豚”に戻ることになる。(我々周辺諸国にとってはとても有難いが・・)

近平君!どこまで頑張れるかは知らないが、ゴルバチョフとまで行かなくともリー・クアンユーぐらいの指導力と強権で“現状をチェンジしてほしい”と、少なくとも今迄になく一般庶民は君に期待しているようだ。今回の“蠅叩き・虎退治”も単なる権力闘争だけで終われば期待薄である、共産党の幹部諸君は「もういい加減にしてくれ!疲れた」と言っているかもしれないが、最後まで初心貫徹で貫いてほしいものである。


 ただ冒頭にも書いたが 某国のこれまでの発展は、“腐敗”と言う発酵作用が経済を潤していた面がある。高い商品の購入や高級な料理店の利用は、官僚同士か官僚への接待によるものであり、そのことが波及効果を生みだして世の中にうまく金が回り 豊かさに繋がっていった。近平君が正しい路線に修正をかけようとすると逆に物が売れない、高級料理を食べない・・・で物の値段はデフレの方向に動く。やばいことが出来なくなった官僚は動かなくなり、行政が委縮して革新的な事を何もやらなくなってくる。そうして経済が低軌道に入り景気も低迷して来るのである。

先進諸国が近代化の為100年以上も掛けて来た道を、某国は毛沢東が時計を戻した19世紀的社会から30年あまりで一挙に21世紀まで近代化しようとして突っ走ってきた。そこには、あらゆる無理・矛盾が蓄積してくる、それをこれから少しずつ軌道修正して行かないといけないのである。      (2015/6/12 記)

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